history
沿革
享保元年(1716年) | 初代元助が、杉の苗木の植林を始める(現・宮城県石巻市中島)。 |
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昭和2年(1927年) | 髙橋貞世が、宮城県石巻市湊に個人経営の製材工場を設立する。 |
昭和26年(1951年) | 能高殖産有限会社(資本金8,000千円)を設立し、殖林事業と製材部門の基盤をつくる。 |
昭和33年(1958年) | 現(株)山大の前身である河北チップ工業有限会社(資本金8,000千円)を設立し、東北パルプ株式会社(現日本製紙株式会社)傘下第1の業績をあげる。 |
昭和39年(1964年) | 木材需要の拡大に対応し、併せて企業の一元化を図るため、河北チップ工業有限会社に能高殖産有限会社の製材部門を吸収し、株式会社山大産業と組織変更し、宮城県桃生郡河北町に設立する(資本金15,000千円)。 |
昭和42年(1967年) | 宮城県石巻工業港に石巻製材工場を建設し、木材の素材及び製品の販売並びに製材加工を行うほか、仙台営業所を設置する。 |
昭和44年(1969年) | 住宅産業の一翼を担い、さらには、将来の成長度等を予測した長期経営計画を樹立し、姉妹会社山大土地建物分譲株式会社(資本金4,500千円、株式会社山大ホームの前身)を設立。 |
昭和49年(1974年) | 社長に髙橋貞夫が就任する。 |
昭和50年(1975年) | 本社に建材部を設置。 |
昭和52年(1977年) | 防腐木材の自社加工販売を図るため、木材防腐加工場を設置する。 |
昭和54年(1979年) | 本社を創立地宮城県桃生郡河北町から宮城県石巻市潮見町の石巻製材工場敷地内に移転し、事業の充実、強化、拡大を図る。 |
昭和55年(1980年) | 本社外材部の機構を整備し、木材部を設置。 仙台営業所を仙台支店とする。 |
昭和60年(1985年) | 休業中の宮城県志田郡鹿島台町の(株)阿部材木店に出資し阿部住建有限会社(その後株式会社阿部住建に組織変更)として新発足させる。 宮城県石巻市雲雀野町にハウジングプラザ山大(住宅展示場)をオープン。 |
昭和61年(1986年) | 住宅建材総合センターを宮城県石巻市雲雀野町に移転し、ハウジングプラザ(現、住宅資材事業部本店)と改称。 |
平成元年(1989年) | 商号を株式会社山大に変更し、住宅資材の総合商社として、さらに都市開発、国際化に対しても企業イメージアップを図る。 |
平成2年(1990年) | 三陸森林海洋開発株式会社株式を90%取得し子会社とする。 (平成3年11月1日商号をエフエムディー山大株式会社に変更。) |
平成3年(1991年) | 石巻製材工場敷地内に、日本有数のコンピュータ設計と直結の木造住宅構造建材のプレオートシステム工場(プレカット工場)を設置する。 一体的企業経営の確立により営業力の強化と経営効率の向上を図るため、株式会社山大が存続会社となり株式会社山大ホーム、株式会社阿部住建を合併する。(資本金538,684千円) |
平成4年(1992年) | 日本IBM(株)製AS-400を導入設置し、コンピュータシステムを拡充・強化する。 コンピュータ・キャドによる設計業務、積算業務を開始。 |
平成5年(1993年) | プレカットに、木材横架材横加工機(MTS12)、木材横架材縦加工機(MTS22)を増設し、加工を開始する。 宮城県志田郡鹿島台町の仙北支店社屋が新築落成する。 LVL(構造用単板積層材)使用、東北初の木質ラーメン工法による仙北製材工場並びに倉庫棟が完成する。 |
平成6年(1994年) | SK式全自動木材乾燥機を設置し、木材人工乾燥加工を開始する。 仙台市泉区桂にOXハウジングプラザ桂展示場を設置する。 仙台市太白区長町南に河北仙台南総合住宅展示場を設置する。 セコムキャドWINGを導入設置し、設計業務、積算業務を強化する。 |
平成7年(1995年) | 日本証券業協会に株式を店頭売買登録銘柄として登録される。 仙台市宮城野区榴岡の第4次TBCハウジングステーションに住宅展示場を設置する。 |
平成8年(1996年) | 宮城県石巻市雲雀野町に山大流通センターとして、木材建材倉庫が新築完成する。 住宅資材事業部直需部河北支店迫営業所を、登米郡中田町に設置する。 |
平成10年(1998年) | 経営環境の変化に即応するため、社内組織を整備し、河北支店迫営業所を迫支店とする。 |
平成14年(2002年) | 木造大型物件等の受注増に備え、プレカット工場にドイツ製プレカット機械フンデガーK2-iを設置し、加工を開始。 withCADシステムを開発し、with店とのネットワークによるプレカット販売を開始する。 |
平成15年(2003年) | プレカット工場に木造金具接合工法用プレカット機械を設置し、加工を開始。 |
平成16年(2004年) | プレカット工場に合板加工機(MPD-11)を設置し、加工を開始。 パネル工場を設置し、パネル制作を開始する。 日本証券業協会への店頭登録を取消し、ジャスダック証券取引所に株式を上場。 |
平成17年(2005年) | プレカット工場の木造軸組工法ラインをMPS-V8に入れ替え、工場の増産体制を整える。 ISO9001取得。 ドイツ製羽柄プレカット機械フンデガーH2を導入、生産開始する。 |
平成18年(2006年) | 全具接合工法用プレカット第2工場を設置し、生産開始する。 住宅資材事業部迫支店を宮城県登米市迫町に移転する。 |
平成19年(2007年) | 国産材専門製材工場稼働(日本最新鋭マシーンチッパーキャンター導入・国産材専用最新乾燥機NEOドライ乾燥機導入。) |
平成20年(2008年) | 宮城の伊達な杉として商標登録。「宮城の伊達な杉の家を創る会」を設立。 第1回国土交通省超長期優良住宅先導的モデル事業に国土交通省より採択。 カスタムカット工場稼働。 |
平成22年(2010年) | 国産材専用最新乾燥機NEOドライ乾燥機4基増設。 プレカット工場木造軸組工法ラインに多種加工機を導入。 業務の一層の効率化などを図るため、住宅資材事業部直需部本店に住宅資材事業部直需部迫支店を統合する。 ジャスダック証券取引所と大阪証券取引所の合併に伴い、大阪証券取引所JASDAQに上場。 |
平成25年(2013年) | 職人不足を解消するため、プレカット工場にサイディングプレカット機械を設置し、加工を開始。 東京証券取引所と大阪証券取引所の統合に伴い、東京証券取引所JASDAQ(スタンダード)に上場。 社長に石川寛猛が就任し、会長に髙橋貞夫が就任する。 |
平成26年(2014年) | 当社を存続会社として子会社エフエムディー山大株式会社を吸収合併。 |
平成27年(2015年) | 社長に木村昭俊が就任する。 |
平成28年(2016年) | ウッドミル第2工場稼働。 |
平成30年(2018年) | 社長に髙橋暢介が就任する。 地盤調査事業開始(微動探査機導入)。 |
平成31年(2019年) | プレカット第2工場建設。 フンデガーK2-i 1250導入。 乾燥機NEOドライ 2基増設。(合計21基) |
令和5年(2023年) | 東京証券取引所の市場区分の見直しにより、東京証券取引所のJASDAQ(スタンダード)からスタンダード市場に移行。 |